
HTML殺人事件
01
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脳内を網の目のように走っている神経が、いちようにテンションをはらんでいる。そして、それは微量の刺激と痺れを伴う波になって、じわじわと身体中に拡がって行くようだった。
自分の身体が変容していく感覚。
ドーパミンかエンドルフィンか、詳しくはわからない。とにかく、そういった脳内麻薬と呼ばれる物質が頭の中で生じ、作用し始めているのだろう。
インターネットの仮想空間に入っていく時は、いつも自分が何かの力によってハイな状態に導かれているような気がする。もしかすると人間のシステムがどこかで、そのように作られているからなのだろうか。
アイコンをクリックしてディスプレイに広がったIE(Internet Explorer)の画面。そこに、どこか遠くのサーバーからHTMLファイルがダウンロードされる。
画面を見ているルネの意識の中に、そういった思考が細かい泡のように現れ、緩やかに浮かび上がって行く。
ルネは昼下がりにマックでフィレオフィッシュを食べて以後、何も胃に入れてなかった。あまり食欲が無かったのでポテトは頼んでいない。考えてみると、あれから、もう10時間を超えていた。
夕方、部屋に帰って、それからずっと、地球の表面に張り巡らされた電子の蜘蛛の巣をさまよっていたのだ。帰り道の自販機でコーヒーを買ってからは、飲み物も摂っていなかった
キッチンへ行って冷蔵庫からコーラを取り出す。
真冬の深夜で、暖房の強いのは好みでないから室内の温度は高くなかったが、なぜか暖かいものよりもコーラが飲みたかった。炭酸飲料だから、強いて言うなら、そんなことしか思い浮かばない。
ボトル型をしたアルミ缶のキャップを回して外し、口に運んだ。自己暗示かもしれないが胃壁から血管に入ったカフェインが脳まで昇って神経を刺激する感覚が生じる。
狩猟民は、たいてい空腹状態で獲物を探した。手持ちの食料を食べ尽くして、すぐに次を確保できるわけではないからだ。
だが、そういう時、彼らの感覚は日常を超えて冴えわたる。日常の知覚を超えた何かがはたらくようになり、そうして新たな獲物を捕らえることができるのだ。
その狩猟民のDNAは現在の人類にも伝えられている。
何かの本で、そんなことを読んだことをルネは突然思い出す。
獲物を求めて未知の土地の奥深く踏み込んで行く狩猟民。彼らの脳内では、たぶん高揚感を与える物質が分泌されて空腹によるストレスを消滅させたのだろう。
ルネは、そんなものが今、ディスプレイを見つめている自分の内部でも生み出されているように感じていた。
缶のキャップをしっかり閉めて、マウスパッドの横に置く。これで、不意に倒しても液体がPCを濡らす心配はない。
再びディスプレイに集中した。よく造られたサイトに出会うと彼は、それに引き込まれ。周囲のすべてが消え去って、世界には彼とPCの融合体しか存在しなくなる。
そこにあるのは人類の営みを集積した巨大なアーカイブやログだ。
歴史の流れの中で集積されてきた学問と知識。魚類や昆虫の卵のように途切れることなく産み出されてきたアート。そういったものから日常の中の喜怒哀楽・恋愛感情、不満・嫉妬・執着や好奇心・探求心。そして野心や願望から性欲のような無意識の闇に至る領域までが、そこには格納されている。
膨大な人々の体験、記憶、知識、欲望……。それらを繋ぐ地下茎は光ファイバーや銅線で網状に地球を覆っている。
それは心理学でいわれる集合的無意識の世界のようでもあり、また、世界の始まりから終わりまでのあらゆる出来事が記されているとオカルティストたちが述べるところのアカシックレコードのようでもある。実際その規模には遠く及ばないのだろうが、それでもルネはネットを基に想像を膨らませていくと、やがて、ぼんやりとだが、そういったものの姿を垣間見ることができるような気がした。
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