
HTML殺人事件
08
ame*
</font>
「『HP小僧』って、知ってる?いろんなサイトを紹介してたメールマガジンなんだけど。最盛期には購読者が6万くらいいたんじゃないかな。
タツヒコって、いま二十何歳かの子が5年前、まだ学生の頃に始めたんだけどね」
そのメルマガはルネも読んでいたことがある。
掲載依頼をしたサイトの中から優良なものを選び、スタッフがコメントをつけて紹介するのだ。サイトの管理人が書いた宣伝文をそのまま載せる形式のメルマガは幾つかあったが、それと違って客観的で、コメントも適切に書かれている。読者とのコミュニケーションも大事にしていたので、ファンも多かったようだ。
そういえば最近、送られて来ないなとルネは思った。彼も以前、掲載依頼をしたことがある。
「見たことあるよ」
「そう、私、そこのコメンターやってたのよ」
「へえ、凄いじゃん。あんなメジャーなとこで…」
「ううん、まあ、応募が500人あったとかで、そこから6人採用されたんだけどね。内情をぶっちゃければギャラは時給うまい棒何本てなもんだったしさあ」
“うまい棒”は、ちゃんねる・ぜろの住人たちが僅かな金額を例える時、よく用いられる。もっとも、最近のネットでは広く普及してきているが。
「去年の11月上旬に潰れたんだけど、私が入ったのは、その半年前くらいだったね。でも、その頃もう、ひどかった。
毎日発行のはずなんだけど、週に1回くらいしか出ないんだよね。掲載依頼の投稿も凄く溜まっててさあ。私たちが作業してたのは7ヶ月前のだよ。紙面には審査通過のものは2週間ほどで掲載しますとか書いてあるのにね。まあ、少し遅れてるとか断ってはいたけど」
takayoの話がちょっと途切れた。ちょっと咳払いをして、さっきの曲をまた、詞をつけて短く歌う。ながあい〜、よるうを〜。
松山千春の曲かな?サイトのプロフでは、彼女は北海道在住だったろうか。
これがリリースされた頃、自分は、まだ生まれていなかったかもしれないとルネは考える。
「編集する時のシステムっていうか、そんなのも、めちゃめちゃな感じだった。
まあ、私にはcgiだとか、あんまりわかんないんだけど。
それに、普通の会社なら、指揮系統とかあるでしょ?それが、どうもはっきりしてない感じなのよね。仕事のことで質問しても、ぜんぜん反応がなかったり。
それでね。スタッフの中にナツヲさんって人がいたんだけどね。この人が、たぶん希羅々さんなの。
仕事の報告とか連絡とかはメーリングリストでやるからメールアドレスがわかるんだよ。希羅々さんが投稿や書き込みの時に使ってたメルアドは、ナツヲさんのと同じなんだ。
私は、ぽえ村なんかの付き合いには別のフリーメール使ってるから、彼女は私がHP小僧のスタッフだったことには気づいてなかっただろうけどね」
グラスに氷の当たる音が聞こえる。takayoがマイクの前で揺らしているのだろう。
「でも、タツヒコは、けっこう頭がはたらくんだよね。
ひとつのサイトについて、二人のスタッフにコメントを書かせるの。そして、編集長が、その中でいい方を選ぶんだよね。採用された方にだけギャラが出るの。そうやってスタッフに競争させて手を抜かせず、コメントの質を上げようっていうのかな」
「なかなか考えるね」
階級を作って、それぞれ帽子の色を変えるバーガーショップの店員管理法がある。こうするとスタッフたちは、時給はいくらも違わないのに成績を上げて上の階級へ昇ろうと努力するのだ。
これに勝るとも劣らないシステムかもしれない、とルネが言おうとした時、先にtakayoが話し始めた。
「でも私たちにしたらきついよね。下手したら、ただ働きなんだからさ。現にぜんぜん採用されないで、やる気なくしちゃった人もいたしね。
もっともギャラなんて、みんな、それほど期待してなかったんだと思うよ。HP小僧でコメンターしてたって実績が何かで使えそうだって、私には、それが目当てだったし、みんなもそうだったと思う。ナツヲさんというか希羅々さんもまあ、かな?まあ、なんだけどさ」
「誰か海千山千の大人がいて、タツヒコ氏に知恵をつけたんじゃないかな?」
「そうそう、タツヒコはHP小僧がちょっと当たったもんだからさ、会社を作ったんだよ。ネット専門の広告代理店ね。どこかの大人にうまくのせられて、けっきょく、そいつらに騙されてたのかな。
その会社はあるところに吸収されてしまったらしいけど」
一呼吸置いて、takayoは続けた。
「そうだ、もうひとつ教えちゃおう。ぽえ村に、たまに投稿する藤壺さんっているでしょ。たぶん、その人はタツヒコだと思う」
「何でわかったの?」
「私は読者としては長くてさ。初期のHP小僧から読んでるんだけど、メインのサイト紹介のほかにタツヒコが自分の書いた詩なんか載せてた時期があるんだよ。藤壺さんの投稿のなかには、その頃見かけたのがあるのさ。多少、リライトしたり、タイトルが変わってるのもあるけどね」
「藤壺さんは最近ぽえ村に姿を見せてないね。まあ、何ヶ月もこないってのは、よくあることだけど」
takayoは、また『長い夜』を小さく歌った。
「ああ、だいぶ酔っ払ったなあ。
ルネ君、ごめんね。こんな話に付き合わせて。でもね、誰かに聞いて欲しかったんだよね。希羅々さんというかナツヲさんのことを。
でも、ぜんぜん話し足らないうちに眠くなっちゃったなあ。あんまり長いとルネ君にも迷惑だろうしさ」
「ぼくはいいけどね」
takayoは少しの間、何か考えているようだった。
どうしようかな?と2回ほど自問自答し、それから話し始めた。
「HP小僧のスタッフのMLなんだけど、ナツヲさんが書いたので、ぜひ誰かに見て欲しいのがあるな。まだ取ってあるんだよ。でも、第三者に見せちゃ、まずいのかな?いいよね。あそこはもう潰れちゃったんだし、彼女も亡くなったんだしね。
転送するからさ、見てよ。何通か送るけど、メールボムじゃないからね。私、誰かが見てくれれば供養になるような気がするんだ」
「わかった」
takayoは最後に、少し、かすれた声で言った。
「私ね、スタッフのログインページをまだブックマークに残してあるんだ。もうアクセスしても404エラーでページが見つかりませんだけどさ。
さっきもクリックしてみて、希羅々さんのこと思い出して涙が出てきたよ。あれも一時は、とてもいいメルマガで、ファンも多かったんだよね。
じゃ、ありがとう、おやすみ」
[*]次 [#]前 [0]目次