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HTML殺人事件

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 カーブが小刻みに連続している。身体と車体の両方を傾けて曲がっていては間に合わない。上半身は垂直に保った状態で下半身を左右に曲げMTBを傾ける。
 ほとんどスピードを落とさずに5・6回カーブを切ると、その先400メートルほどはほとんど直線だった。ペダルを踏むが車輪の回転の方が速くて、空回りの感触が足に伝わるだけだ。左と右の手首を順に捻って前後のギアともトップに上げた。ペダルから少しだけ重さを感じる。回転を少しづつ早めて加速し、足を停めた。
 もう50キロを超えただろうか?メーターを見るのは危険だ。前方への注意がおろそかになるしバランスを崩す怖れがあった。自転車は顔が向いている方向に曲がる傾向がある。よくママチャリのおばさんが、すれ違う自転車を除けようとしながらぶつかっていってしまうのは、相手の方に目をやって顔を向けるからだ。
 緩いS字カーブの先は鋭角に左折して、その先は眼下の樹木の中に隠れていた。

 ルネはブレーキレバーを握る手に少し力を入れた。カーブに差し掛かるやや手前で対向して来る白い乗用車が目に入る。充分スピードを落とし、道路の中央に出ないよう慎重にカーブに入った。
 下り坂がやや急だったので、ブレーキレバーを小刻みに握ったり放したりしてスピードが出るのを押さえる。ブレーキを効かせた状態を続けてシューが焼けるのを防ぐポンピングというテクニックだが、ここでは、使う必要はないかもしれない。
 緩いペースを保ってゆっくりとターンした。
 対向車はセンターラインをだいぶ越えて曲がって来た。運転が下手だが、それは想定内だった。ルネは路肩から2メートルくらいのところを走っていたのでぶつかることはなくすれ違う。自分の安全は自己責任で守る方がいい。知らない相手に無闇な期待をかけたり信頼を寄せたりするのは平和ボケというものだろう。

 次の右カーブを過ぎると遥か下方に御殿場の市街地が広がっている。道の脇は切り立った崖なので、ガードレールに突っ込んだら自分の身体はそれを飛び越えて空中に投げ出されてしまいそうだ。
 しばらく行くと左カーブの端に路面の白い部分があった。おそらく一日中日陰なのだろう。凍結しているようだった。ちょうど、後ろから4WDが来ていたので、スピードを落とし、抜かれてから道の中程まで出て問題の個所を迂回した。

 慣れていない道を走る時は緊張度が高い。ルネは、外界のあらゆる方向に注意を払いながら走っている自分を、いつどこから攻撃を受けるかわからない兵士のようだと一瞬の間、思う。ガードレールを飛び越えて落ちてしまう想像もだが、路面に石や枝が落ちている場合もある。蓋のない側溝も不安な気持ちを生じさせた。時速40キロ以上は出ているからタイヤが踏みこんだら転倒して下手をすれば死ぬこともあるだろう。生命への執着はたいしてないのだが、たぶん、それは動物的な本能の中に存在する恐怖で、いつも聞こえるか聞こえない程度の通奏低音として鳴りつづけている。

 想像の中で崖を落下していくルネ。
 石を踏んでバランスを崩し転倒する自転車。
 側溝に前輪が落ち路上に打ちつけられる身体。

 イメージはリアルな世界に浸入してルネの神経に過剰な電流を送り、そこかしこで微細な火花を生じさせる。
 テンションは高まるが、その時もう危機は未知のものではない。
 イメージは例えば危機に対するワクチンなのだろうか。イメージすることによって人はその内部で危機への対処をトレーニングする。
 想像力はもともと危機を回避するために存在しているのかもしれない。

 今までは片側1車線のところが多かったが、両側1車線が定着してきて道幅も広くなったように感じた。間もなく138号線に出るのだろう。
 ルネは芦ノ湖から仙石原を通り138号を登って来たのだが途中で長尾峠を越えるルートを取った。こちらは旧道で迂回することになるから、ほとんどの車は乙女峠のトンネルを抜けていく。
 自転車の場合トンネルは道幅が狭いし、追い越していく車から受ける風圧が強い。反響音も気色悪いのでなるべく避けたかった。
 長尾峠への道は通る車も少なくて快適だった。多少の上り坂が続くがギアを落とせば漕いで登って行ける。芦ノ湖は、それほど登って来たのかと思うくらいの下方の遠くにあった。峠の短いトンネルを抜けると、そこからはずっとダウンヒルになる。

 前方に車の行き来する道路が横切っていた。信号機も見える。たぶん138号線だろう。
 ルネは100メートルほど手前でひと休みすることにした。ハンドルを握り続けていた手が少し痺れている。MTBをガードレールに凭れさせ、周囲の山々を眺めた。

 下界の輝きと身体に届く時の暖かさで、太陽の光線が強まっているのをありありと感じる。
 大気が湿り気を含んでいるためか空に鮮やかさはないが、少し前までのように凍てつく色ではない。天頂の薄い青から山の稜線の向こうのほとんど白までグラデーションがかかっていた。
 今、この世界の中で何人が空を見ているのだろう。もちろん地球の半分の上空は暗い。そこが昼間でも、曇っている地方もあるだろうし、また、その土地によって空の色は違うだろう。

 例えば自分の父も今、どこかで空を見ているだろうか。父はルネがまだ幼い頃、バックパッカーとして日本を出ていったらしいが、その後どうしているかを彼は知らない。誰かに聞くとか何か当たってみれば消息が掴めるのかもしれないから、むしろ知ろうとは思わなかったと言った方が正しいのだろう。

 ルネの脳裏を白昼夢のように、ヨーロッパの古い建築物に囲まれた風景や、緩やかな地表の曲面が連なる砂漠や、熱帯植物を背景に波の打ち寄せる浜辺の情景が流れる。次のイメージは実物を覚えていない想像上の父のシルエットが、チベットの奥にあるシャンバラに消えていくものだった。
 いつか写真集で見たのと同じで、チベットの空は深い青だ。

 父親と一緒に暮らしていたら幸せだったとも思わない。もっとも幸福感というのは差異から生じるものにすぎないだろうから、求めても意味はないのかもしれなかった。
 幸せというのは、その人間が今の自分の境遇を肯定すれば簡単に感じられるもので、そして、たぶん奴隷のような人間ほど自分を幸せだと思いたいのだ

 もうすぐ針葉樹や常緑樹でない木々も緑の葉をつけ山肌を草が覆うようになって、その頃になると、山々が生命力を含んだゼリー状の緑の皮膜で覆われているように見えることだろう。世界はその前段階にあった。

 時が流れ、冬は終わろうとしている。
 Helterたちの自殺以後、もうネット詩人に関わる事件や自殺の話を聞くことはなかった。

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