
HTML殺人事件
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「向こう側に東京拘置所があるの知ってる?」
Poem Villageの常連たちの間で結婚や婚約や妊娠といった話題があるのをネット上で目にしていたが、予想に反してトリルからそんな話が振られることはないようだ。そういう井戸端会議的な内容はルネの脳内で消化不良を起こしそうだったから、ないのに越したことはない。
ルネは対岸に目をやった。
「東京って言っても、ここらはちょっと違う感じでしょ?」
向こう側の堤防に沿って高速が走っていて、その上で目につくのは見張り塔のようなものと共同住宅らしい古い建物くらいだ。
「それに、何しろあっちは“川向こう”だから、いろいろあるよ。昔、DQNたちが女子高生を監禁して、さんざんやりまくったりいたぶったりしてから殺し、コンクリ詰にした事件。ほら、ちゃんねる・ぜろで、今でもよく話題になってるやつ。あれがあった場所は綾瀬っていって向こうにあるんだし」
“川向こう”というのは、本来、隅田川の外側を指して言われていたはずだ。ルネが乗ってきた日比谷線は北千住の手前で隅田川を渡ってきた。綾瀬までは地下鉄の路線なのだが三ノ輪の先からは地上を走っている。その言葉は差別的なニュアンスが含まれているので放送で使うのをはばかられていると何かで読んだような気もする。
「例の王子とかいうヲタがいたマンションも同じく綾瀬だよ。やはりネットでナンパした女の子を監禁してたとかいう有名な話ね。やばいよね」
線路のこちら側でも堤防を歩いている人の数が多いように感じた。
「急に暖かくなったからね。みんなうきうきして出てくるんじゃないの。この辺をぶらつくのならお金もかからないし、何かいいことがありそうな気がしてさ。そんなこと、まずないんだけど」
すれ違う人たちの多くはトリルに何らかの関心を向けているようだった。さり気なくゴスロリのコスチュームに視線を向けたり、通り過ぎてから忘れ物をしたように振り返ったりする。彼女の全身をしげしげと無遠慮に眺めていく老人は、ルネの視線に気づくと慌てて目を逸らした。
彼らはまるでゾンビの群れのように見えたが、そのどこかに不気味さを隠してはいても、ほとんど恐怖感は感じさせなかった。
「親戚のおじさんでね、広告代理店に勤めてる人がいるの」
トリルはルネに近づいて脇に身体を寄せて来た。離れていると反対方向へ歩いている人たちとすれ違うのがスムースにいかないということは言える。
「その人の業界の知り合いはね、みんな港区とか渋谷区とか中央線沿線の方に家があって、こっちの方に住んでるのは、その人以外、本当にひとりもいないんだって。そのおじさんは長男で両親も生まれた時からここの人だし、実家にいるしかないんだって言ってるけどね。でも見た感じダサいけどなあ。何かにつけてクリエイティブな仕事をやってるようなこと言うけど、案外、営業あたりかな」
ルネとトリルの身体は触れ合ったまま歩いていた。でも、それでルネが彼女に親しみを感じることをそこに生じた違和感が妨げていた。
「この辺にはね、古くからの地主とかを別にしたら、そんなに大金持ちもいないんだよ。中小企業をやってたり、そんなとこに勤めてたり、ちょっと大きい会社にいても、それほどやり手じゃないからうだつが上がらない。みんな同じような生活状態でね。そういう土地で育てばガキはみんなDQNかアホにしかなるしかないよ」
公団住宅と思われる数棟の建物が立ち並んでいる。反対側の河川敷にも人は多かった。土手の人々も含めてみんな、そこや周囲の小さな家々から涌き出て来たのだろうか。
トリルはまだ言いたかったことをすべて話していないようだった。
「ある意味、平等かもね。だから、お金がなくても学歴が低くても劣等感を感じずにすむわ。山の手ほどにはね」
彼女は続けた。
「区役所にいる知り合いの話だと、福祉で暮らしてる人なんかも都心よりこっちは何かと住みやすいから移ってくるらしいわ。障害者みたいな人を見ることも、この辺の方が多いみたい」
そろそろ太陽は傾き始めているようだった。
夕食の材料らしいレジ袋を下げた主婦や子供が通る。
「次の食事に何を食べるかや他人に何かお節介ができないかを考えたり、いい女とやれないかとか、いい思いをさせてくれる金があって顔もいい男とつきあえないものかとか、そんな妄想をするだけで結局は自分と同じような性格の悪い貧乏人と一緒になって、周りから遅れていくことにいつもびくびくして、自分よりちょっとできの悪い奴を差別することで自尊心を満足させて、テレビを見て、ギャンブルをやって、居酒屋やキャバレーで自分と同じような人間を探して喋っての毎日。そして人生の中にはそんなことばかりしかなくて、ただ年をとっていくんだわ。くだらない奴らよ。そんなの人間じゃないよね」
[To be continued]
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