[PR]看護師の好条件な求人情報満載:転職活動なら看護師専門サイトにお任せ!


HTML殺人事件

45
ame* 



</dt>1


 男はホームで電車が来るまでの間、周囲にせわしなく目を走らせていた。
 アナウンスがあって、駅の隣にある踏切が警報を鳴らし始める。電車が見えた時、彼はまるで幼児のようにはしゃいだ。
 男に押されるようにしてルネたちも電車に乗り込んだ。比較的空いていて、男は背泳の選手のスタートみたいに座席に座り込むと、自分の横を両手で叩き、舞い上がった埃に顔をしかめながら二人に座るよう促した。

「さっきほら、関谷の駅の脇にリーマンがいただろう」
 男のすぐ隣に座っていると、さっき感じた犬小屋とも動物園の檻ともつかぬ臭気が断続的にルネの方に流れてくる。男の身体が発しているのか衣服に染みこんでいるのかだろう。赤いトレーナーの肘の当たりが伸びてたるんでいる。色も少しくすんだ感じだ。しばらく洗ってないのかもしれない。
「あの野郎、110番してやがったからさあ。やばかったよ」
 ああいう状況でも彼は周囲を観察し、聞き耳を立てていたらしい。
「まあ、俺とこいつはダチだからよお。ちょっと歳は離れてるけどな。あ、援交じゃねえよ。俺は金ないしな。久しぶりだったから、ほら、ハグってやつをやって再会を喜び合ってたんじゃねえかよ。なあ、明日香。何も疚しいことはしてねえよな」
 男はトリルの肩に手を回した。車両が空いているといっても多少の乗客はいたのだが、そんなことは意に介せず、馴れ馴れしく身体を凭れさせる。男がトリルのことを明日香と呼んだので、ルネは、それが初対面の時に聞いた本名であることを思い出した。
「とにかく通報が入ったら、必ずポリ公が見に来るからな。電話で何もありませんでしたって言ったって来るんだよ。そういう規則になってるんだ。本当に何かあったら責任問題だしな」
 トリルが少し姿勢を正したので、男は凭れかかるのを止めた。
「ネズミヤさん、大丈夫だよ。おまわりが来たら、あたしが説明してやるからさあ」
「いやいや、ポリが来たらな、当然なんだかんだ職質やられるだろ?そいでもって住所不定ですなんて言ってみな。『はい、では任意同行お願いします』になるわけ。事実上逮捕だけどな。ワッパかけられないだけのことさね。罪状なんて後でなんとでもつけられるしさ」
 トリルにネズミヤと呼ばれた男はジーンズの上端を摘んで引き上げた。ウエストのサイズが合っていないのかもしれない。一見、ストーンウォッシュだが自然に摺り切れてきたようにも見え、色の薄くなった部分は汚れが目だった。
「それで所轄署へ行って取り調べだ。余罪の追及とか言って、ねっちりとな。未解決の大きな事件で、ちょうどその時アリバイがなかったりしてみな。犯人だとでっち上げられ、死刑台までベルトコンベアで送られちまう。ほんとだよ。特に俺みたいに前科があったりしたら裁判でどう申し開きをしても駄目。判事が『こんなのは人間の屑だから社会にとって害にはなってもいいことなし』で死刑。これにて一件落着。世の中そんなもんよ」
 次の駅から乗って来て近くに座った初老の女は手持ち無沙汰げで、ネズミヤの話に耳を傾けているようだったが、一般ピープルにはちょっと刺激の強すぎる内容らしかった。ネズミヤの語気が荒くなるのに合わせて目をぎゅっと瞑るので、目尻に深い皺が寄る。時々目を開いてずり落ちかかった細いメタルフレームの眼鏡を元に戻した。どこか離れた場所に移りたいように感じられたが、それはネズミヤが話すたびに唾を飛ばすからだけではないだろう。でも、彼の前であからさまな行動を取るのをためらっているのが想像された。
「なあ、死刑囚って学歴の低いのが多いだろう?字も満足に書けない奴だっているぜ。まあ要するに、そういうのが生贄にされるんだよ。根性があるから再審請求やって通る人もいるけど、でも判決が間違ってましたってどういうこと?なにしろ死刑だぜ。3年や5年のションベン刑でそんなこと訴える奴ってあんまり聞いたことないんだよあ。まだ命があって出て来てるのによお。それだけ裁判はいいかげんっていうか差別があるってことだわさ。きっと無実で殺されちゃった奴はいっぱいいるんだろうぜ」
 ネズミヤは女を横目で一瞥してから正面を向き、ちょっと間を置いてからぼそりと言った。
「俺はいろいろ苦労してるからわかるんだよ」

 電車が鉄橋を渡っている。間もなく終点浅草に到着との車内アナウンスがあると、窓の外はもう浅草駅のホームだった。

 電車から下りるとネズミヤは「ああそうだ」と言ってジーンズのポケットを探り、数枚の小さな紙片を取り出した。裏側の磁気面が上を向いているのがあって、それが切符だとわかる。地下鉄やJRのものも混じっていた。
 ネズミヤは、その中から東武線の切符を選んで前に出し、駅名と料金を1枚づつ確認している。
「えーと、この松原団地からのは160円精算だな。北千住から140円だと50円精算。あとは春日部とか遠いとこからのしかないな。しかも最低区間の140円。まあ、この切符で入った奴は定期を持っててキセルをやってやがるんだよなあ。窓口の横から駅員に定期を見せて出ていけば、自動改札の機械に引っかかることはない。ケチな野郎だぜ。まったく。じゃあ、こっちのを使って…」
 ネズミヤはルネたちの方を見て笑った。
「そうすると、おい明日香、全部でちょうど260円だ」
 ネズミヤは右手の掌を上にして差し出す。トリルが財布を取り出し小銭を数えようとすると、ネズミヤは「あ、そっちでいい。OK」と千円札を抜き取り、精算窓口へ小走りで向かった。

「あの人、駅のホームをうろついて、落ちてる切符があると拾ってるんだよ。もちろん切符だけじゃなくて、金目のものがあったら何でも拾うけどさあ。何というか、もう習性ってより病気だね」
 ネズミヤは精算を終えたらしく、窓口の横を通って外へ出ろというジェスチャーをしている。

[#]前 [*]次 [0]目次




[PR]当たる!無料占いで仕事鑑定:大人気!無料占い『スピリチュアルの館』