
HTML殺人事件
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駅から出るとネズミヤは額に手をかざし、前方にある交番を遠目に覗き込むようにしていたが、反対方向に行くよう二人を促して歩き始めた。
「ああ、おつり。740円だったよ」
ネズミヤは手のひらを開いて硬貨を見せると、すぐにそれをジーンズのポケットに押し込んだ。トリルは少し不満そうな表情だったが、何も口には出さなかった。
「おお、それはそうと明日香、男ができたのか?まあ、よかったよな」
「ルネさんだよ。ぽえ村の常連」
北千住もそうだったが浅草の町も静かだ。今歩いているあたりは、このあたりの繁華街を外れた場所ではあった。それにしても都内では常にノイズともいえる通奏音が世界の底部で鳴っているような気がするのだけれど、ここではそれがほとんど存在しない。
「常連てわけでもでもないですが、よろしく」
ネズミヤは外股で上体を少しのけぞらせる独特の歩き方をしながら手を上げてルネに応えた。
「ああ、ネット詩人さんか」
面と向かって“詩人”と言われたのは初めてだっが、ルネはその言葉に多少の違和感をもった。たしかに詩のサイトであるPoem
Villageで投稿することもあるのだが、それは自分の中では詩というより曲のついてない歌詞のようなものだ。
日本語そのものがそうだけれど、特に語彙や表現によって曲に乗りにくいものがあるから、日本語のテキストを見せることで脳内にグランジやプログレのような洋楽を鳴らすことを試みるといったらいいだろうか。もっともこれは、ルネがよく行って、かなり影響を受けたサイトの管理人が言っていることだ。
「ネズミヤさんもぽえ村に姿をお見せになるんですか?」
web上に自分の写真をUPしているような場合を除けば、オフで会っても誰が誰だかわからない。個人情報を明らかにしていないことが多いし、それがあったにしても年齢も性別も彼あるいは彼女のテキストの中から推測するしかないのだ。そういうわけでアイデンティティ―がきわめて希薄だから物足りなかったり、続けていくのに不安を感じる人たちも多いらしく、最近ではオフ会やイベントなど、生身の人間とコンタクトしようとする動きが一部で盛んになっているらしかった。
「うん、いや、まあ、そういうわけでもないけどな。そのうちわかるさ」
ネズミヤは歩いて行く道筋で、その辺りのおばさんや商店主ふうの人間を見つけては声を掛けた。相手は顔見知りのようではあるが、たいてい、あまり歓迎しない雰囲気の苦笑いを返すのが常だった。
川に沿った公園に入り、歩いて行くとダンボールの箱を組み合わせ青いビニールシートで覆ったホームレスの住居が点在している。その中からちょうど住人が出て来るのに行き会う毎にネズミヤは手を上げて声を掛けた。多くは比較的清潔な身なりで、中にはスーツの男もいた。
ネズミヤは長細い公園のずっと奥まで入っていく。もうそこは公園ではないかもしれず、ダンボールハウスも、あまり密集して建てられてはいなかった。
「おう、ここだよ。ここ」
ビニールシートにスプレーで抽象画のようなものが描かれているハウスの前でネズミヤは立ち止まった。
「お、着いた着いた。ここが懐かしの我が家よ」
ゴミ収集で出たものを拾って来たようなストーブや発電機や車のホイールが周囲を取り囲んでいる
ルイガノのミニベロが表に出た支柱にワイヤーロックで繋いであった。たしか、前が内装の3段、後が外装6段変速だ。ルネが眺めているとネズミヤは「それ、ギアが壊れてるんだよな」と言って入口の施錠を解き、先に立って中に入った。
「さあ、どうぞ。まあ本当に汚いところですが」
夕暮れが近い時刻だった。
ビニールの匂いを含んだ空気がハウスの周囲を取り巻いていて、それは異世界を防護しているバリアーのようにも思えた。
[To be continued]
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