HTML殺人事件

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 チェックしたメールの中にトリルからのものはなかった。ルネの予想に反してはいたが、むしろ、それで少しほっとしたような気持ちがしないでもない。
 でも、トリルの場合はカウンセラーに通うような種類の病気もちらしいから、今は鬱状態で外界との接触を避ける期間という場合もあるだろう。
 とにかくニュースサイトの記事によると、昨夜、北千住駅で電車に轢かれたのは男性だから、トリルではなかったわけだ。

 それよりも、視界の外にあるけれど意識はその存在を感知している見えないパズルが、ルネに関心を向けるようはたらきかけている。

 ルネは、まず『コノ セカイニ アイヲ』の掲載されているページにアクセスした。
 ページのURLはhttp://world.○○○.jp/words/weloveyou.htmlだが、これはhttp://world.○○○.jp/がアドレスであるサイトのwordsというフォルダ内にweloveyou.htmlというファイルがあることを意味している。この場合だと、サイトのURLになるhttp://world.○○○.jp/にアクセスすれば、index.htmlあるいはindex.htmというファイル名がつけられたトップページが開かれることが多い。
 ルネはアドレスバーにあるURLのwordsから後を消して、Enterキーを押した。

 白一色の背景に30pxくらいの黒いImpactのフォントで『many-worlds classics』とサイト名が記されている。その少し下のridgeの枠で囲ったボックス内に次のようなコメントがあった。
このサイトは200X年をもって更新を停止します。
 その下にはコンテンツへのリンクが並んでいる。
WORDS LABORATORY PROFILE MEMORANDOM BBS(closed)
 黒と微妙に違う濃いグレーで10pxの小さなテキストは、まるでそれぞれのページに行くことを歓迎しない意思表示をしているかのようだ。
 最後にある“BBS”だけはリンクが切られているのでテキスト色の黒になっていた。他のはマウスが触れるとピンクに変わる。

 まず、『PROFILE』をクリックした。
 10pxくらいのテキストで中央に“name:多世界”とあるだけだった。

 トップに戻って『WORDS』のページに行く。ここにはテキストのみの作品が2〜30篇置いてあった。そのいくつかをクリックしてみる
 同じ作者なのだからあたりまえだが、多くは『コノ セカイニ アイヲ』と似た雰囲気をもっていた。サイバーパンクぽくてメッセージ性のある詩だ

 『MEMORANDOM』は、“管理人がその時々、心に浮かんだことを、とりとめもなく綴ったものです。”と前書きに示されている。エッセイふうの文章といったらいいだろうか。
 例えばこんなものがあった。
録音技術は初め、原音をいかに忠実に再現するかに苦心してきた。しかし、その後、ミキシングやエフェクトを駆使してナマの音とは違うサウンド空間を創造することに目覚め、それは現在に至ることとなる。これによって音楽にもまた新しい地平が切り開かれたのだ。

また、映画が発明された頃、それは単純にそこにある出来事なり芝居なりを記録することに留まっていたのだろう。しかしその後、映像作家たちは彼ら独自の表現を見出すに至る。
それは例えば複数の映像を組み合わせてそこに新しい意味を作り出すモンタージュ理論であった。病床の少女の次に花がぽとりと落ちるカットを見せることにより、彼女の死を表わすようなやりかただ。身体の一部といったある部分を強調することによって、特別なメッセージの伝達を試みることもある。
映画は今や、CGやSFXといった手法も加わって、単調な記録をはるかに超えた表現手段となるに至っている。

TVが登場してきた当初、映画人はこれを<電気紙芝居>と呼んで蔑みの目を向けていたが、今や、TVの新しい感覚で作られたドラマが映画化されて多大な興行収入を上げるようになってしまっている。

こうした影響は小説にも及び、従来の5W1Hで物語を順繰りに追う書き方から映像的な展開や描写がなされるように進化したものになった。

メディアは下部構造として表現のかたちを措定しているのだから、新しいメディアが現れれば、当然、表現は新たなかたちを与えられるのだ。

しかし、詩の世界においてはWEBという新しいメディアが現れて、その上で発表が行われていながら、表現者が皆、現代詩あるいはそれ以前の形態に固執しているのは、今はまだ過渡期ということで済まされていい問題だろうか。
 『LABORATORY』にはテキストを読むだけではなく、DHTMLやmidiを使い、動きや音で視覚や聴覚に訴えかけることを意図した作品が置かれていた。
 多世界は『MEMORANDOM』にあった文章の中で述べられているWEBというメディアにおける詩の形態を、ここで試みているようにも思えた。
 コンピューターに関するスキルは、かなりのようだ。ハッカーのようなこともやるのだろうか、と一瞬ルネは思ったが、別に根拠があるわけではない。

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