
HTML殺人事件
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「それはそうと、これ頼まあ」
ネズミヤは背負っていたザックをルネに手渡す時、上部を開いて、見覚えのあるノートPCがあるのを示した。
「リュックは一緒に渡すなり、兄ちゃんが使うか捨てるなり適当にやってくれよ。まあ、俺の形見ってとこかな。どうせ拾いもんだけどよお」
と不精髭の口元を緩めて笑う。「ああ、よかったらこれもだけどな」とミニベロを指差した。
「後のチェーンがどうしても外れちまうんだよ。そいでもって、これをちょっと引っ張ってここへ結びつけたら変速はできないが、何とか乗れるようになった。前の3段は動くからちょっと使うなら、こんなもんでもいいだろ。こいつ、これでも舶来だよな?たぶん」
「ルイガノってカナダのメーカーですよ」
変速機のワイヤーを見ていくとアウターが潰れている個所があった。そのため中のワイヤーが長過ぎるのと同じ状態になるからチェーンが落ちてしまうのだ。
「アウターを取り替えれば普通に乗れると思います。直してあげますよ」
「おお、兄ちゃん、詳しいんだな。いや、いいよ。直してあんたが乗ったらいいよ」
ルネはネズミヤに、旅をするなら、これで世界一周だってできるし、列車に持ち込む輪行という手もあると言ったが、ネズミヤは自分の2本の足を使うのが主義だそうで、結局、ミニベロはルネが譲り受けることになった。
ネズミヤは財布の中にしまってあった紙片を取り出し、ルネに手渡した。
「あ、これ、前の持ち主の姉ちゃんから俺が貰った事の証明だ。もし、ポリ公に職質なんかされたら見せてやるといい」
名詞の裏には―この自転車はネズミヤさんに差し上げました。―という文章と防犯登録のナンバーなどが書かれ、印鑑が捺されていた。
ネズミヤは、やけに真顔でこう言った。
「ホームレスなんかやってると、いつ何時、どんな濡れ衣を着せられるかわかんないからな。これも生活の知恵ってやつよ」
「じゃあ、その辺の居酒屋へでも行きましょうか。おごりますよ」とルネは二人に言った。
「ワンルームだって家賃5万はするだろう。ヤサを確保するために時給1000円としても50時間働かなきゃならねえわけだ。土地の借り賃もなく、俺たちはなんと拾い集めた物でインターネットまで楽しめる生活をしてるんだからな。なあ、源さん。あ、この人はパソコンができないんだった。まあ、リーマンやってたって、それでリストラだろうから、早くこの業界に入ってよかったかもしれないぜ。年がいってからの転職は大変だからなあ」
ネズミヤがカウンターを叩き、唾を撒き散らしながら喋っている。アルコールが回っているから、その勢いはいつも以上なのだろう。
ネズミヤは、彼の向こう側に並んで座っている女の子たちに盛んに話しかけている。高校生か中学生くらいの年齢だ。興が乗って笑い転げる子の肩に手を回し、頬を近づける。
「そうよ。俺は浅草のダンボールハウスがねぐらのホームレス。ま、もうじき、そことはおさらばで旅に出るんだがな。今日は、この兄ちゃんがおごってくださるから、こうして居酒屋で飲むことができたわけだ。どうだい、この兄ちゃん、イケメンだろう?でも、手を出そうったって駄目だぜ。ちゃんと彼女がいるからな」
トリルのことのようだが、ルネは、あえて反論もしない。
ネズミヤはレモンサワーを飲み干すとグラスの氷を振って鳴らしながらお代わりを注文し、ルネや源さんの方に向き直った。
「何だ、源さん、もっと飲めよ、って俺のおごりじゃないが、まあいいだろう。今日は源さん、まだ“泣き”が入らないな」
ネズミヤはルネに説明を始めた。
「この人はな、飲むとよく泣くんだよ。昔の女を想い出してさあ。よっぽどいい女だったんだろうな」
今度は源さんの方に顔を向けてネズミヤは続けた。
「韓国人なんだよな。源さん」
源さんは聞こえていないかのようにポーカーフェイスを続けている。
「韓国人なんですか」
別に詮索するつもりはないが会話が途絶えてもしらけると思い、ルネは呟くように言った。
「そうさ。名前はミョン…何とかいったなあ」
「おじさん、何て名前だったっけ?」
「さっき、ネズミヤさんて呼ばれてたよ」
「えーっ、ネズミヤー?イズミヤシゲルみたいだねー。そう言えば、なんか似てるー」
女の子たちが赤らんだ顔で喋っている。ひそひそ話のつもりかもしれないが、アルコールが回っているので、かなり大きな声だ。
「この人は泉谷しげるの師匠だよ」
源さんは女の子たちに向かって唐突に口を開いた。ルネには源さんが話題を変えるタイミングを見計らっていたように思えないでもなかった。
「泉谷にギターを教えたのもこの人だし、彼が売れない頃、いろいろ面倒を見てやったりしたんだよ。ねえ」
話を振られたので、ネズミヤは源さんの過去の追及を打ち切って、自分の昔話に花を咲かせ始めた。渋谷の道玄坂にあった青い森というライブハウスには泉谷や古井戸というフォークグループやキヨシローのいたRCサクセションも出ていたとか、ギターのコードを教えたやったとか、ボブ・ディランのレコードを貸したまま返してもらってないとかいう話に女の子達は聞き入っていたが、信じていたかどうかはわからない。ルネも半信半疑で耳を傾けていたが、それが虚言だという証拠があるわけでもなかった。
「ああ、そうだ。パソコンの中に俺が集めたエロ画像がいっぱいあるんだが、もし、暇があったら消しといてくれねえかな。別に見られて困るってもんでもないけどよお」
居酒屋を出て別れ際に、ネズミヤは急に思い出したように言った。
「それならリカバリーすれば、みんな消えちゃいますよ」
「おお、そいつがいいな。できたら、やっといてくれよ。そん中に一緒にあったCDが入ってるからよお」
「でも、メールなんかもみんな消えちゃいますよ。いいんですか?」
ネズミヤは「OK、OK」と指でサインを示した。
「どうせ、たいしたものはないんだ。みんな消えちゃうんなら俺が見たエロサイトの履歴も消えるな。どうでもいいが、ま、明日香が見て馬鹿にされるようなのはない方がいいべ。よしよし」
源さんの方が安堵したように微笑んでいる。
「じゃあ、また、どこかで会おう。ごちそうさま」
二人は行く手にある自動販売機の返却口に手を入れて、誰かが忘れていったつり銭がないか確かめながら遠ざかって行った。
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