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HTML殺人事件
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PCの画面をほぼ埋めているsecret.jpgには7枚の紙片が写っている。それぞれは皆、同じ手帖のページを破ったもののように見えた。紙片と紙片の間に微妙な境界が見える部分もあるので、1枚ずつ撮ったものを合成したのかもしれない。
紙片の多くには罫線を無視してびっしりと文字が書かれている。綴られた文章が長いものは元の大きさでも最低限判別できる程度の細かい文字だろう。この写真では実物よりさらに小さくなっているので、読めない部分が多い。
ルネは、まず画像編集ソフトで写真を紙片ごとに切り抜いた。そして、それぞれを拡大する。潰れて判別しにくい文字もあるが前後から推測して、だいたいこんな文章になるようだった。
[紙片1]
オモニは言った。「例えば、探検隊が人跡未踏の密林の奥深く入って行き、そこで原住民の村に入った時、まず、そこで行われるのは何でしょう。隊長は、まず、そこの酋長に贈り物をします。そして酋長からも返礼としての贈与があるはずです。ここで交換が行われたわけですね。交換、すなわちトランザクションは、この世界の基本なのです。例えば化学変化でも物質間に電子やエネルギーの受け渡しがあるし、太陽と惑星の間にも重力子―グラヴィトンの見事な交換が行われています。だから均衡と調和を保ちながら公転が永続しているのですよ。このようにマクロからミクロに至るまで贈与/交換の法則は一貫しています。人間社会でもそれが日常的に執り行われる重要な事項であることは否定できないでしょう。商売上の取引ばかりではなく、恋人同士にしてもそうですし、その他、人間関係のあるところ、必ず贈与と交換が存在するのです。そして、神と人間との間でも、それは例外ではありません。あなたが今、いちばん大切に思っているものを放棄して、神に捧げるなら、返礼として神の愛を受け取ることになるでしょう。あなたは、いちばん大切なものを神に捧げなくてはなりません。何故ならその返礼の愛は、この世界で最高のものだからです。神は必ず最高のものであなたにお応えになるのですから、あなたはもっとも大切なものを捧げなくてはならないのです。わかりますね。ある人は何十億円もの価値のある預金や株や土地といった全財産を捧げました。もちろん、お金の問題なのではありませんが、その人にとってでき得る限りのことをしたのです。ある女性は、ひじょうに愛し、また愛されていた恋人との関係に終止符を打ちました。彼女にとってもっとも大切な恋愛を神に捧げたのです。そうしなければ神との交換は成立しません。あなたは神の愛を得るため、何を捧げますか?」たぶん教団の上部の詐欺師が、その頃流行っていたニューアカデミズムの本でも斜め読みして作ったマニュアルを基に、オモニは喋っていたのだろう。俺はそれを聞きながら、自分にとっていちばん大切なものとは何かをずっと考えていた。自分は貧乏学生だし親にだって財産と言えるようなものはない。彼女もいない。官僚になったり大企業に就職するような輝かしい将来が約束されているわけでもない。自分が今、大切に思うものといったら、部屋で一人、ノートを文字で埋めていく、あの時間だ。いつか出版されて多くの人が読み、感動して、賞賛されたり歴史に残ることの夢想くらいだ。他人から見たらつまらないものかもしれないが、これを失ったら、自分が自分でなくなってしまうくらいの重大な何かであることは間違いない。それで、俺はオモニに言った。今から思えばどうしようもなく青臭いことだし、その時だってかなり恥じらいを感じながらだった。「僕は詩を捧げます。今、自分にとって心の支えとも言える大切なことです。それを神に捧げましたから、もう今後、詩を書くことはありません」俺はオモニの嘲笑を予想していたが、それに反してオモニは満足そうに微笑んだ。その時の俺
にはオモニの微笑が崇高な、マリアの像のそれのように見えた。
[紙片2]
俺が壷や健康食品を売りに歩いた時、よくペアを組んだミョンスクという女性がいた。教団内では教祖から与えられたということになっているハングル語の名前を呼び合う。クリスチャンの洗礼名のようなものだ。俺を引き入れたオモニは母という意味だった。教団内では導き入れた者とその相手に親子関係が成立し、彼女は多数の信者を勧誘しているのでその名を与えられたのだが、彼女自身もそれを大いに誇りにしていた。ある日、俺とミョンスクは公園で休息を取った。ミョンスクは照り付ける太陽の下で両手を組み、目を閉じて祈っていたが、やがて、日陰のベンチにやって来て俺の横に座った。俺は手帳に書きつけたいくつかの詩を彼女に見せた。彼女は、しばらくそれを見ていたが、それから顔を上げて言った。「スンナム(これが教団内での俺の名前だった)は詩を書くことを神のために封印したんでしょう?」俺は頷いた。「神にいったん近づいて、そこから離れたため、雷に打たれて死んだ人がいるらしいわ」それは信者の間でまことしやかに囁かれている話だ。ミョンスクの顔は青ざめていた。「君は神を裏切ることはないから、そういう心配はないね」と俺が言うと、彼女はうつむいて何か考え込
んでいるようだった。
[To be continued]
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