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HTML殺人事件
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静岡県の沼津から富士川までは、途中の田子の浦港近辺で公道に出る以外、自転車なら防波堤の上を走れる。そこから西も、由比で旧東海道に回るのと清水港近辺を除けば阿部川まで、車は通行できない道を海沿いに走ることができる。この辺りは千葉県の銚子から和歌山県の加太までの、太平洋岸自転車道でも比較的良く整備されている部分らしい。
静岡県でも西部の方になると、自転車道に砂が被さったりしている所もあるようだ。ルネはチャリダーが管理人のサイトで、そんな写真を見たことがあった。
ルネは輪行で沼津駅まで来て、千本松原から防波堤を走り始めた。この辺りのような暖かい土地では、もう春というよりほぼ初夏なのだろうか。午前の空は青く、水平線近くを除くと雲は少ない。側壁には250メートルごとに沼津港と富士川双方からの距離を表示したプラスティック板が貼りつけてある。初めのうちは目につくたび確認していたが、面倒になったので止める。時々、競技の選手らしいロードレーサーとすれ違った。彼らは時速40キロ程度出しているけれど、ルネはMTBだから、そんなに飛ばしては長い距離がもたない。
そうは言ってもルネはママチャリの倍のスピードで走っているのだったが、単調なコースなので、感覚的には思ったより遅くて少しまだるっこしい。
iPodのHDに入っている音楽をランダムで流すように、頭の中で曲が鳴り始める。昔、自分でギターを弾いて歌ったり仲間とセッションしたようなロッククラシックとか、あるいは一時期ラジオやTVでマインドコントロールのように盛んに流されていたJ-POPやアイドルの曲が突然甦ったりもした。
富士川の河口近くではパラグライダーがモーター音を響かせ、上空を舞っている。ルネは粗いモーター音の周波数を皮膚で感じながらカーブに近づいて行った。防波堤は河口から川上の新富士川橋に向かう。河川敷の緑地公園に沿って橋の手前までは緩やかな下り坂だった。
ペダルの感触が軽くなるのに合わせてギアを上げて行き、前後ともいちばん高い状態で、軽く脚に力を入れて漕ぎ続けた。やや向かい風を受けて、ルネは自分の身体がパラグライダーのセイルに変身したように感じる。そのまま坂を走り降りた。
1.5キロほどある新富士川橋を渡って、しばらく防波堤を走ると、その先は自転車の走行できないバイパスになる。公道に降りて旧東海道の由比宿を抜けた。その先はしばらく、国道1号と平行して防波堤を走れる。興津から清水港の辺りは公道で、三保からは、また海沿いのサイクリングロードがある。
右側の山の斜面には日本平や苺畑や東照宮が見えて、変化に乏しいわけではないが、走り自体は単調になった。
空が青く、明瞭な視界とは対照的に、ルネの頭の中には靄のような想念が生じ、その中でさまざまな思考の微粒子がブラウン運動をしている。
それは、あの写真の紙片に書かれていることについてだった。
あの中の文章には、Poem Villageで見かける詩人、赤土の『物語を編む人』という作品に似た個所が複数あった。あの紙片を書いたのは赤土だろうか。そして、書かれている内容は赤土が体験した事実なのだろうか。
あの中にはオモニという人物が2回出てくるけれど、彼女はレイカのグループのメンバーだったオモニと同一人物だろうか。だとすれば、神聖十字軍の幹部的な信者であるオモニが、ただの趣味でネット詩人たちと結びついたとも思えない。何か目的があって、あのグル―プに加わったのだろう。
紙片を書いた人間は、かつて神聖十字軍の出家信者であり、その後半島で軍事訓練のようなものを受けた後、教団のテロ組織のメンバーとなって破壊工作を行っていた。今は組織を離れてホームレスの生活をしているようだ。もしかして逃亡中なのかもしれない。彼は教団が世間に知られたくない秘密を知っているだろうから、教団は彼を消そうとしているのではないだろうか。ルネの身近なところでホームレスといえばネズミヤだが、彼は何者かに殺害され、ちゃんねる・ぜろに書きこまれていた情報では、事件の周囲に神聖十字軍などカルトの影もちらほらしている。
しかし、あの紙片に書かれているのはちょっと荒唐無稽な話だ。誰かが悪戯で、あるいは妄想に憑り付かれて書いたことも考えられた。
でも、ポプラによると、Helterは、この内容を知ったために自殺する羽目になったということだ。はたして悪戯や妄想でそんなことになるだろうか。
もしかするとHelterは自殺に偽装して殺されたのかもしれない。あの文章が事実を書いたものだったら、そんなことがあってもおかしくないだろう。
前方の遠い位置に何か塔のような物が見えた。それはルネが進むにつれて大きさを増して視界の中で目立つ存在になっていく。風車のような羽根が付いているのがはっきりわかるようになった。それはかつて、神戸の児童殺傷事件の時、サカキバラが使っていたマークをルネに連想させた。
午後になると雲の量が多くなったが、天候の悪化を予想させる程ではない。低めの雲は陰影がはっきりしていて、時折、宗教画のように雲の端々から光線が放射される。
今日はもう60キロくらい走っているはずで、それも自分としては少し速いペースを続けていた。休息といえば水分を補給する時に止まる程度だ。
やわらかな疲労が身体全体を覆い、意識の中へも滲入し始めている。脚の筋肉だけはまるで独立した存在のように、変わらぬペースでペダルを踏み続けていた。
走り続けていると、疲れた肉体に連続する外界とは別の、自分の内部に世界が開けていく。そこは輝く闇で満たされた世界で、だが、そこと外界を含むすべての世界との背後に共通して存在している何かを、ルネはフィルターを通すようにおぼろげにだが確かに認識している。
それを指す言葉は神だろうか。かれは沈黙したままだが神に言語があるのかどうかはわからない。ただ、それを感じる時、ルネは自分の根本的な部分が解き放たれているように思った。神というのは、カルト信者が求める時、それに応えるようなものとはたぶん異なるのだろう。そんな考えがルネの頭をよぎる。
巨大な風車は安倍川の河口近くにそびえ立っていた。風力発電の施設らしかった。
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