
HTML殺人事件
96
ame*
<style>
随分手間取っている。
少し焦っているのだ。
俺はパソコンが得意ではない。それに触ったことがあるのはWindowsだけで、Macは初めてだ。まあ、基本的に似ているとは言えるし、Helpを見たり試行錯誤したりでやって行けば全然手に負えないことはないのだが、それでも時間はどんどん過ぎて行く。限られた時間が…。
子供の肉の感触は大人のそれとは違う。クビの周りの筋肉のこわばり。その痙攣を俺の指先は感じていた。
それは以前経験したことの反復だった。
日本海側の浜辺から、夜、船に乗って、向こうへついたのは朝だった。エデン…。そこで俺たちは殺人のテクニックや破壊工作などを学び、実技の試験が行われた。それは技術の習得より、むしろ俺たちの忠誠度を測る目的だったのかもしれない。その方が上部に取ってはより重要なことだろう。
あの時と同じ感覚を俺の手は感じた。それは、たぶん親の反国家的な行為により、一家こぞって収容所に送り込まれた子供の兄と妹で、年齢も今、俺の前に横たわっている二つの肉塊とたぶん同じくらいだろう。
教官は俺に指示した。少し離れた場所で拘束されている男女によく見える体勢を取るように。彼らが子供の親のようで、女は唇を振るわせているが声は上げていない。男は放心したように無表情だった。俺は二人の表情を観察しながら彼らの子供たちを次々に扼殺した。目は親たちに向けていたから子供の生命活動が弱まって停止するのは両手の触覚を通して認識していた。
あの時と同じだ。俺は柔かな肉塊が力を失い、さらに鼓動が止まってもう復旧する見込みがなくなるまで両手の力をかけつづけた。
オモニは俺が彼女の子供たちの首を締めている間も、あの半島の政治犯のように明確な反応を見せることはなく、それでも俺がすべてを終えてから、何かを合図する義務を感じたかのように少し顔を歪めて見せた。
「慣れたものね。もう随分やったんでしょう?半島の方でも、こちらへ帰って来てからも。でも、何て言ったらいいか、ためらいもなく人を殺せるというのはね。相手が子供であっても」
幼児に対しては庇護するような本能がはたらくというのを何かで読んだように思ったが、オモニの子供は小学生か、幼稚園でも年長の方だろう。
法律や道徳のタブーと、遺伝子の中にあって私たちの行動を絶対的に既定しているものとは必ずしも一致しない。
もっとも、世間一般で信じられている一般常識というのは、あたりさわりなく毎日を送っていくのにはなかなか有効なのだ。しかし、所詮それは共同幻想に過ぎなくて、いざとなったら儚いものであるのは、ちょっとボーダーラインを踏み越えてみればたやすく実感できる。一般大衆には、そこを越える機会がないだけだ。
とにかく、この場合、本能はその行為を止めたりはしない。その時、俺は頭の中でそんなことを考えはしたのだが、まあ、オモニとそんなこと議論をする気もなかった。それに、そんなことを言ったところで、全く無化されてしまうような何か冷たいものがオモニの存在の底部に流れているのを、俺はその時、垣間見たような気がしたのだった。オモニは修羅場の中でも、ひじょうに落ち着いているように見えたが、それは意外というわけではなくて、それまで霧の中にあって朧気だったものがそのかたちを把握できる程度まで姿を顕わにしたと言うのが適当だろう。
オモニと俺はキッチンに行った。それはオモニの意志で彼女が先に立ち、俺はついて行ったのだったかもしれない。
「おなか、空いてない?何か食べるなら作るわ」
オモニは包丁に手を伸ばそうとしたので、俺はそれを留めた。オモニは俺の顔を直視して微笑した。それで俺は、彼女が抵抗を試みようとしていたのだと感じた。
「そうねえ、それじゃ」オモニは冷蔵庫を開けた。俺は掴んでいた彼女の二の腕に力を込め、冷蔵庫に手を突っ込むのを制止した。警戒するのに越したことはない。
「アイスクリームなら、いいでしょ?」
オモニの口調には恋人と話すような共犯者的な媚が含まれていた。もし、この場面を小説に書くなら、こういった表現をするだろう。そんなことをその時俺は思った。
オモニが冷蔵庫の中に手を伸ばすのを、もう俺は妨げなかった。少し腰を屈めて覗いたら、その先には確かにアイスクリームのカップがあったからだ。オモニはそこにあった3個のカップの内の2個を取りだしてテーブルに置き、俺に椅子に掛けるようジェスチャーで示した。
俺とオモニは長方形のテーブルの向かい合う長い方の辺をそれぞれの居場所にした。
オモニは自分のスプーンだけ用意してアイスクリームを食べ始めた。ストロベリーアイスで、俺の前にあるのはチョコレート味だった。
オモニはカップにスプーンを運びながら、時々上目使いで俺を観察しているように見えた。いや、それはたぶん確かなことだ。
俺はスプーンを渡されないので、しばらくの間、そのままカップを見つめていた。オモニはカップと自分の口の間にスプーンを一定の速度で往復させている。
手持ち無沙汰な気分になった俺は周囲を見回してみたりした。キッチンには、よくあるそれぞれの家庭と同じく生活感と呼ばれる気体が漂っているように思えたが、それは一家の営みから自然に生じてきたのか、それとも、オモニによって偽装されたものなのかと俺は考えた。まあ俺は、一般的な家庭の家の中など、あまり覗いたことはなかったし、オモニや夫や子供たちは、とにもかくにもこの家で一緒に暮らしていたのだから、何らかの空気感は生まれるのかもしれなくて、けっきょく、そんなことはどうでもいいことだったのだ。
オモニが、スプーンを口に運びながら俺を観察しているような様子は続いている。俺の頭の中に『最後の晩餐』のイメージが浮かんできた。新約聖書の中の記述より、絵画の情景だ。俺は美術に造詣が深くないから、それはたぶん、いちばんポピュラーなダ・ヴィンチの絵なのだろう。
「共食」というのは共同体をかたちづくる儀礼だとか、大学の授業でやっただろうか。それなら今、俺とオモニの共食にどんな意味があるのだろう。
まあ、俺は神聖十字軍に出家して、結局大学は中退のかたちになってしまったのだが。
画面の文章は、ここで終わっている。だが、文章の中にマウスポインターが入ると手のかたちに変わって、そこにリンクがあることを示すのに、ルネは既に気づいていた。
筆者が殺人を犯しているようなことなどが書いてあるが、sasuraibitoが“小説を書いてるみたいですね。”と言っていたのはこの辺りからかもしれない。だが、ルネにはこの文章の雰囲気に既視感のようなものがある。というより、登場人物や内容が記憶の中にあるような気がするのだ。
画面にあるのはテキストによる文章でなく、どうやらプリントアウトしたのをスキャナーで取りこんだ画像らしい。
リンク先は、この文章の続きなのだろうか?
ルネはクリックした。
[#]前 [*]次 [0]目次